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台所の三角コーナーを新しいものにした。それまでの三角コーナーにはいつも祖母がビニール袋を被せていたのだけれど、新しい三角コーナーにはストッキング状のネットを掛けることにした。三角コーナーを新調してから、祖母は毎日ネットの上にビニール袋をのせるようになった。「昨日も言ったけど、これ、ネットが掛かってるから。ビニール袋は要らないから」と怒りに任せて言ってしまった。もちろん、すぐに後悔がやってくる。あっという間に足元から湧き出して、頭の先までわたしを飲み込んでしまう。ちがうんだよ、ちゃんとわかってる、どうして出来なくなったの、なんて、間違っているって。
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昨日、今日と、陽がすっかり落ちてから庭の水撒きをして、草むしりをしている。もちろん祖母もやる気に満ちた眼差しで「私は何をしたらいい!?」とわくわくしている。二人で手分けして作業をしたおかげで、草まみれだった庭はずいぶんときれいになった。庭の草木もよく育っている。月が出ているねとか、吹く風が昨日よりずっと涼しいとか、そんな話をしていると、どこかで花火が上がる音がした。祖母と二人であちこち見回したけれど、どこにも花火は見えない。ひときわ大きな音の後で、建物の隙間から金色の花火のかけらが見えた。祖母に「見えた?」と尋ねると、「見えた!」とこどものような顔で喜んでいた。
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「ばあちゃんが手伝ってくれたから庭仕事もすぐ終わったね」と声をかける。祖母は、松の木に水をやるわたしの手元をぼんやりと眺めている。「この松の木も大きくなったな、前はこんなに小さかったのに」祖母は手でこれくらい、と松の木のサイズを再現した。そんなに小さかった? と思ったけれど、そんなに小さかったかもしれない。わたしの記憶はあやふやだ。「松の木はこれくらい水やれば充分かな」と言うと、「生き返ったさ! ありがとうって言ってる」と祖母は笑った。「いや、もっと早く水くれ! いつも遅いんだよ! って怒ってるかも」というわたしの言葉に、またこどものように笑う。
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三角コーナーに掛けるためのネットを、青いものにした。これならきっと前のものより「何かが装着されている」感じが増しているだろう。これでもだめだったら? そのときはまた新しいことを考えるしかない。そういうことの繰り返しだ。いつだって、「祖母はどう思っているのか」「祖母はどう感じているのか」を忘れないようにしたい。
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たくさんの拍手をありがとうございました。まあなんとか、やっております。