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からあげはあたため直さなくていいよ(ふにゃふにゃになるから)

アルツハイマー型認知症の祖母の介護を終えて、一人暮らしをはじめた人の日記

わたしは海を抱きしめていたい


いつも同じことを書いているけれど、疲れている。今日も。ものすごく。朝早く起きて家事を済ませて、午後は作り置きのおかずを作って、余裕を持ってお風呂に入って、のんびりするんだ、と前日の夜に思っていた。ところがどうだ。まず起きたのは昼前。起きた瞬間に思った、「ああ今日はもうダメだ」。もそもそと支度をして、家事をする。風邪をひいたようで気だるく、時々くしゃみが止まらなくなり、家事の手を止めては鼻をかむ。ぜんぜん思うようにいかない。なんとか家事を終えて、今度は買い物に行く。ぼんやりした頭で、メモを見ながらひとつずつ買い物カゴの中に入れていく。買い物メモに「赤玉スイートワイン」と書いた昨日の自分に笑ってしまう。赤玉はナップザックに入れて背負って帰った。






デイケアから帰ってきた祖母を出迎えて、祖母にも仕事をお願いする。洗濯物を畳んでおいてもらう間に別の家事をする。晩ごはんを用意して(今日は具合が悪いからスーパーで買ってきたものをお皿にうつしただけ)、二人で食べる。相変わらず、祖母はよく食べる。いいことだ。食後にお弁当と、作り置きのおかずを作る。一時間と少しで六品。だんだん、要領を得てきたと思う。作りながら洗って片付けるのも楽しい。いろんなことを同時にこなすのは、うまく出来たときの達成感が気持ちいい。嫌いじゃない。








休日は大体こんな感じで終わってしまう。今これを書いているこの時間、23時すぎで、まだお風呂に入っていない。昨日の夜に思い描いていたようにはいかなかった。いつでも時間が足りない。やることは山のようにある。むかし学校に通えなかった頃にかかっていたお医者さんに「あなたは明日できることも今日がんばろうとするけれど、明日できることは明日したらいいんだよ」と言われたことを思い出す。あれからずいぶん経ったけれど、相変わらず自分の首を自分で締め続けている。がんばらなきゃ。もっともっとがんばらなきゃ、ぜんぜん追いつけない。でも、「追いつく」って、どこに? だれに? なにに? わからないのに、追い詰め続けている。呪いを自分にかけ続けている。でも、今のわたしは「そういう自分」を客観的に見られるようになった。ああ、また呪ってる、と思える。昔はそれすらわからなかった。一歩も立ち止まらなかった。今は「ちょっとまって、いまものすごく追い詰めてない?」と立ち止まることができる。それだけでもだいぶ進歩した、と思うことにしよう。








祖母の家のある辺りは坂道が多い。買い物の行き帰りにいろんな道を通ってみる。思わぬところで海が見えたりする。買ったものを背負って、ああ今日も家事だけで一日が終わる気がする、と暗い思考に陥っているときに、不意に、坂の向こう側に海が見える。その瞬間に、何故だかわからないけれど涙が出た。ずっと昔から見てきた海だ。





高校でもいじめられていた。その頃ほんとうに死んでしまいたくて、夜の海に行ったことがある。コールタールみたいに真っ暗な波を見つめて、帰った。自転車に乗って、鞄にパンと家で淹れた珈琲を詰めて朝ごはんを食べに行く海も、死にたいと思いながら見つめた海も、ぜんぶおなじ海だ。小さいからからずっと大好きで、今も、何かあってもなくてもすぐ海に行ってしまう。なにをするわけでもないんだけど。





なんで泣いたのかわからないけれど、もしかしたら花粉症なのかもしれません。少し歩いたらもう海は見えなくなったけれど、坂をいくつか越えた先に、いつもあの海があるんだと思うとなんだかものすごく、安心するのです。







いつも以上に散らかったものになってしまった。だいぶ疲れているけれど、なんとかやっています。拍手下さった方々、ありがとうございました。赤玉スイートワインを背負って坂道で泣いてる女、結構やばいな。
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