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最近、祖母はものすごい勢いで家にあるものを食べている。大袋入りのお菓子も、6枚切りの食パンも、バナナ一房も、2日保てばいい方だ。もちろんわたしの食べる分は別で、祖母がすべて食べている。お弁当は毎日作っているけれど、それとは別によく食べているみたいだ。
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付箋に「お弁当用のおかず 食べないで」と書いて貼っておく。祖母は「付箋が貼ってある」ということはわかるけれど、そこに何が書かれているかは目に入らない。お弁当用に分けておいたものが食べ尽くされている、ということは割とある。そういうとき、「ご飯をたくさん食べるのは良いこと」だと思う気持ちと、「折角計画して作ったのに台無し」だと思う気持ちが湧き上がって、ぐちゃぐちゃに混ざって、どうしたらいいかわからなくなる。
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2日と開けずに買い物に行く必要があるので、休日もじっとしていることはできない。祖母は薬を飲むのを嫌がってしまうので、わたしが実家に帰っている間これちゃんと飲んでおいてね! なんて言うことももうできない。少し前までふつうにできていたことがあっという間にできなくなる。その反対もある。いつも翻弄されているような毎日だ。
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祖母に対して苛立つとき、その苛立ちを分解してみる。どうしてわたしは今イライラしているのか? 突き詰めると、大抵は「祖母が理解してくれないから」という理由になる。そこまでわかると、もうほとんど解決する。祖母が理解してくれない! とわたしが思うとき、祖母もまた同じような気持ちを抱いているかもしれないのだ。祖母の見ている世界とわたしの見ている世界は違う。祖母の世界では、付箋に書かれている文字を読み取ることは難しいのだ。そのことを知るだけでも随分と気持ちの持ち方が変わってくる。
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認知症によって何がどう変わっていくのか知りたくて、本を読んだ。読む前に疑問に思っていたことになるほどと思うこともあったし、そんなことわかってるし出来たら苦労しないと思ってしまう部分もあった。これはきっとどんなことにも当てはまると思うけれど、「相手の気持ちを想像する」ことがとても重要だ。想像することそのものよりも想像しようとすること、相手のこころに寄り添おうとする姿勢、それが大切なんだと思う。こんな風に書いているけど、あーーーもうなんでこれ食べちゃうんだろ! もう!!!!! とひとりで、台所で頭を抱えたりむかついたりします、ふつうに。イライラしすぎて当たりそうになってしまって「ちょっと買い物行ってくる」と行って一キロ離れたお店まで散歩したりします。ぜんぜん、人間ができていないので。
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自分以外の人間の体調を預かるのはとても負担だし、自分の作るお弁当が祖母の健康管理に多大なる影響を与えるのだと思うとものすごく緊張する。でも夕食を二人でとるときに「お前が作るものはおいしいなあ」と言ってもらえると、いろんな気持ちが凪いでいくような気さえする。そうやってだましだまし、毎日をやり過ごしている。
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拍手下さった方々、ありがとうございます