■海へ行く
昔から海が好きだった。
今日は午前中だけ何の予定もなかったので、祖母に一言断って海へ行った。熱い珈琲を水筒に詰めて、昨日の夜に買った割引のパンを鞄に入れて、クロスバイクで7分。坂道を越えて海が見えると心が躍る。
その辺に転がっていたよくわからないものに腰掛けて、海を眺めながら珈琲を飲む。熱すぎる。パンを食べる。おいしい。波の音と風の音しか聴こえない。今日は鳥もいないし、人もいない。食事を終えて、煙草に火をつける。潮風があっという間に煙草を灰に変えてしまう。
「帰りにパンか何かを昼用に買ってきて」と祖母に頼まれていたので、昔ながらのパン屋さんでいくつかパンを買って帰宅する。でも祖母は自分の言ったことを忘れて、炒飯を作ってくれていた。ああ、と思う。悲しいでも寂しいでも怒りでも苛立ちでもない。やるせない、みたいな気持ちだ。でもそれを祖母に伝えてはいけないと思う。だから、じゃあ買ってきたパンは明日の朝に食べよう、炒飯、わたしも食べていい? と、言った。
■デイケアについて
午後はわたしの母(つまり祖母の娘だ)とケアマネジャーさん、これからデイケアでお世話になる予定の施設の方と四人で会う。
祖母は「よその人」の前では特に、「自分はひとりで何でも出来る」と言う。だから孫(わたしのことだ)が同居する必要なんかないのだ、と。祖母の気持ちもよくわかる。他の家族はわたしの前で「お前にいてもらう必要がある」と言う。わたしは、新しい仕事で毎日くたびれ果てていて、「必要がないのに」祖母の家に帰宅する。時には顔色をうかがって、機嫌を直してもらって、ものをなくされても怒らないようにして。そういうすべてが面倒くさくてたまらなくなることがある。どこにも居場所がないような気がしてしまう。
これは多分ただの愚痴です、すみません。結局のところ、「わたしがんばってるんです! ほめてください!」と思っているだけなんです。
■この日々に
終わりが来ることを願うときもあれば、ずっと祖母と居たいという気持ちももちろんあって、わたしは祖母のことが大好きなのに、時々とても嫌いになってしまう。それが正常な感情の振れ幅だと思うときもあれば、なんてひどい人間なんだと責めたくなるときもある。