■髪を切る
ぼさぼさの犬みたいになっていた髪の毛を切った。
前日に祖母も同じところで髪を切っていたので、その話で盛り上がったり。縮毛強制をかけて、トリートメントをして、ばっさり切って、すとんと落ち着いた髪を見るのは楽しい。祖母も短くなった髪の毛を気に入っているようで、ニコニコしている。いいことだ。
■誕生日プレゼントについて
弟から少し早い誕生日プレゼントをもらった。
祖母の家にネットを引いたらXboxを貸すから、そうしたら映画観たりゲームしたりも出来るよ、と言われて、わあいいね! と思ったけれど、それは言葉にできなかった。なぜならわたしにはそういうことにさくだけの時間がないのだ。
仕事をして、帰る前に急いで買い物へ行って、帰宅してから祖母との生活のあれこれがあって。休みの日はいろんなところに申請に行ったり、祖母の用事を足したり、ときどきは友達に会ったりもするけれど、基本的に実家と祖母宅を行ったり来たりして過ごしている。だから映画を観る時間も、ゲームで遊ぶ時間もない。
とか言ってお前本を読んでるだろうが! と怒られそうですね。そうです、本はそこそこ読んでいます。それは、読書が好きだから、頑張って時間を作っているのです。通勤時や休憩時間、家事のすきま、お風呂の中、お風呂上り、そういう時間を見つけては本を読む。もしもその時間も介護に使えと言われたら、ものすごく悲しくなるし、こころがぽっきり折れてしまいそうだ。
■孫という存在について
祖母はわたしの母、つまり彼女の娘、にはものすごく甘えることがある。甘えるというのは、「弱音を吐く」「わがままを言う」「泣く」などのことを指す。祖母は孫であるわたしに対してはそういう部分を見せない。母の前では激高したり、泣き出したり、もう自分なんか死んだ方がいいんだと喚く。母もそうなってしまった祖母と対峙すると非常に疲弊するし、祖母は祖母で3分後にはけろっとしていてりして、それがまた母を苛立たせる。
自分が主体的存在となって介護をすることについては、いろんな人にいろんな意見を頂きました。なぜお前が出しゃばるんだという意見もあったけれど、今の状況では、孫であるわたしが一番身近な介護者として祖母と暮らしているこの状況は、なかなか理想的なものなんじゃないかなと思う。それは、祖母を中心とした見方をしたときで、たとえばわたしの人生設計的な部分から見たらまあ結構この状態やばいと思うんですけど、なんかもう、最近その手のこと考えるのがしんどいのでやめときましょう。そもそもうまれてこの方何かを計画通りに進めたり、だいたいみんなこの辺でこういう出来事ありますよね、みたいなルート全部外してきたので、今更です。
疲れちゃったのでもうこの辺で。いつもすみません。
■拍手
ありがとうございます。