■明瞭と混沌
実家で夕食をとり、母に祖母宅まで送ってもらう。
今日の祖母は驚くほど明瞭で、わたしのよく知る「祖母」そのものだった。しゃんと背筋を伸ばして、しっかりと自分の考えを話して、人の目をまっすぐに見据える。そしてとてもやさしい。
このところお金の問題がちらほら持ち上がっていて、わたしたちはみんな疲れ切っていた。祖母も精神的に参っていたようで、情緒不安定な日が続いていた。
長く続く悪天候のなかの、ほんのひとときの晴れ間でしかないかもしれない。それでも祖母がしゃんとしている間に、わたしたちは色々なことを確認しあって、今後の方針を話し合った。結局ここも誰が見ているかわからないので詳しくは書かないけれど。
もしかしたら明日には祖母は全部忘れてしまうかもしれない。そんな話はしていないと言うかもしれない。まあ、それはそのときにまた考えることなので、そのときの自分、どうぞよろしく。
■あなたからあなたへの手紙
母が、祖母の財布から小さなメモを見つけた。日付は数日前、夜中に思い出したことを、祖母が自分にあてて書いたメモ書きだった。「思い出した」と書かれていたメモの内容は、ぎょっとするようなものだった。祖母の生きている時間と、自分の生きている時間との間にはどうしようもない歪みがあるのではないかと思うくらい。でも、歪みがあったとしても、わたしたちはほとんど毎日一緒に過ごしていて、同じ食事をとって、順番にお風呂に入り、おやすみと言い合って眠る。それだけでもういいんじゃないかなと思う。
■「ペコロスの母に会いに行く」
数年前に何気なく読んだこの本のことを思い出した。「ときどき明瞭になる意識」の話があったはずだ。わたしが毎日祖母に向けて発する言葉は、だいたいがどこかに消えていってしまう。覚えていてもらえることは少ない。けれど、「ない」わけではない。
わたしが祖母と暮らしはじめたときに、自分用の箸を買ってきた。緑色のそれを見て、祖母は「地味な箸だ」と言っていた。それからしばらく、その箸を祖母が食卓に並べることはなかった。祖母が別の箸を並べるたびに、わたしは「これがわたしの箸」と言って緑色の箸を持ってきた。今思うと結構嫌な孫だな。
あるときから、祖母は食卓のわたしの席に緑色の箸を並べてくれるようになった。そのときから、祖母に語りかける言葉に対して「どうせ忘れるから」「覚えていないだろうから」なんて前置きをつけてしまうのは絶対にいけないことだと思うようになった。
何度も書いていることだけど、「明日、あなたが忘れてしまうとしても、わたしはあなたに伝え続ける」。それを忘れないようにしたい。祖母が並べてくれる緑色の(地味な)箸を目にするたびに、そう思う。
■拍手
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