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母の自宅療養がもうすぐ終わる。母は家に帰って、時々は祖母の家にも来るかもしれないけれど、ほとんどの時間はわたしと祖母の二人きりになる。元通りだ。
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毎日、萬年筆で数行の日記を書いていたのだけれど、この半月ほどはほとんど何も書かずに過ごしてしまった。それは、母がいるからだった。その日にあったことを母に話すと、別にもう日記に書かなくていいやと思ってしまう。親しい人間に、どうということもない話をするのはとても楽しい。祖母にはなかなかそういうことが出来ない。そこを責められると何も言えないのだけれど(全く話さないということは、もちろんないですが)。時々、祖母と話しているとものすごく虚しくなる。目を見て会話をすることが大切だといろんな本に書いてあるけれど、いつのまにか祖母の目を見て話すことがとても難しくなってしまった。
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このブログを書いている今、わたしは洗濯機を回している。祖母は何時間も前に床についた。母は家に帰っていてここにはいない。明日のお弁当は何も用意していない。台所はきれいに片付けたし、祖母が明日飲む薬も用意して、居間もきれいにして、ねこたちの世話も済んだ。結局、母がこの家にいなかったときと何も変わらない。祖母の感情に向き合って、付き合って、時々、どうしようもなく遣る瀬無い気持ちになるだけだ。
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母がわたしと祖母との暮らしに参加してくれてほんとうにうれしかったし、助かった。明日も夜にはまたこちらに来てくれる。今から楽しみだ。三人の暮らしの中で、わたしは自分が「誰かと会話をすること」を望んでいることに気がついた。介護で起きたつらいこと、我慢していること、時々ある楽しいこと、それを、祖母とわたしと両方を知っている人に聞いてもらいたかった。聞いてもらいたいし、聞きたい。誰かと話をしたい。こんな気持ちになるのは、小中高といじめられていた頃ぶりだと思う(それにしてもいじめられすぎである)。
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さみしいんだな。声に出してみる。久しぶりに玄関で煙草を吸った。煙草自体が久しぶりだ。普段は吸わないけれど、なにかこう、二進も三進もいかない気持ちのときは吸いたくなる。ずいぶんと暖かくなって、もうコートもいらない。空気が少し澱んでいて、雨のにおいがする。深く呼吸をする。さみしいんだ。自分の声はびっくりするほど湿っていて、かたちにしたら死にかけのねずみみたいだろうなと思った。もうほとんど温度さえ失っているような。
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楽しいことをしていても、からだのどこかに穴があって、そこからどんどん漏れていってしまう。いつも飢えて渇いているような気がする。穴を塞ぎたいのに、どこに穴があるかもわからない。色々なものを注ぎ続けているけれど、こんなことに意味があるのかなと思う時間が増えた。祖母が亡くなったら、もう自分がここにいる意味も理由もないから死にたい。そんな風に言ったら、目の前のひとが目を丸くした。ああ失敗したなと思った。なんでこんなこと言っちゃったんだろう。しくじった。そう思ったのに、もう涙が目に溢れてしまって、こぼさないようにするのが大変だった。
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とりとめもなく書いてしまった。
いつもたくさんの拍手をありがとうございます。とりあえず洗濯物を干してきます。
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