忍者ブログ

からあげはあたため直さなくていいよ(ふにゃふにゃになるから)

アルツハイマー型認知症の祖母の介護を終えて、一人暮らしをはじめた人の日記

ねこの絵は描かない


まず、はじめにお詫びを。
コメントくださった方にお返事をする前に次の日記を書きます。ごめんなさい。

コメント、本当にありがとうございました。よくよく考えて、きちんと伝えたい言葉を書けるような状態になってからお返事させて下さい。あなたの言葉に、わたしはとても救われたのです。





今朝から祖母は不機嫌で、何を話しかけても無視、台所に並べば肘で小突かれるなどされたので、ああ不機嫌なのだなあと思っていた。別に大したことではない。誰だってわけもなく機嫌が悪い日はある。




ここ最近、ごみ捨てのことでもめていた。何度説明しても猫砂を庭に埋めようとすること。説明するだけではだめなので「どうしたら猫砂を気にしないでもらえるか」考えて、においの漏れない袋に入れた猫砂を蓋つき容器に入れてわたしのクローゼットに隠すなどの対策をとっていた。



ごみ捨てそのものも今の祖母には難しいようで、回収の時間なども覚えていない様子だった。祖母が不機嫌モードの中やって来たわたしの母に事情を説明して、役所にごみ収集について聞いてもらう。「11時からでないとごみは出してはいけない」と言ったかと思えば、「11時までにごみを出すに決まっている」そんなことも知らないのかという態度で言う。ころころ変わる言動も、「病気だから」と思おうとする。病気だから仕方ないんだ。




「8時までに出さなきゃなんだって」という母の言葉に「昔からここらは8時までに出すと決まっている、そんなの当たり前だ」と祖母が言った。この辺りでわたしはもう限界だった。もういやだ、八つ当たりされるのも、ごみのことであれこれ悩むのももううんざりだ。そんなことを母に言って、そのまま仕事のために家を出てしまった。毎日積み重なっていくストレスが、今日の祖母の言葉で溢れてしまったようだった。止められなかった。あのままあの場所にいたら、祖母に「さっきから全然違うことばっかり言ってるよね!?」くらい言い返してしまったと思う。






「くだらないことで」と身内の人間は言う。ごみのことなんかで。でも、生活のほとんどはその「くだらないこと」で成り立っている。劇的なこと(たとえばどこかに出掛けて迷子になってしまうとか)ばかりが介護ではない。今の祖母の状態は、劇的なことなんかほとんど起きない。猫砂を庭に埋める。ただそれだけのことをやめてもらうために、いくつもの失敗と「次の作戦を考えよう」という試行錯誤がある。それはぜんぶ「くだらない」ことなのか。何もしていないひとにそんなことを言われなければならないのか。





家を飛び出して、焼け付くようなアスファルトを踏みしめていたら涙が出た。何もかもに腹が立った。すぐに忘れて同じ話ばかりする祖母も、わたしのする介護をくだらないと言ったり、冗談で「介護を代わってよ」と言ったら「むりむり、発狂しちゃうもん」なんて言う身内にも、何を言われても言い返せない自分にも。言い返せないのではなくて、相手は「病気の人」なんだから、言い返してはいけないのだけれど。こどもみたいな自分は「それは違うって言いたい!」と主張してうるさい。





昨日の夜、わたしの描いている絵を覗き込んで、「お前の描く絵はみんなかわいい」と祖母は言った。「今度何か描いてくれ」と言うので、なんでと訊いたら「かわいいからハンドバッグのなかに入れておきたい」といううれしい返事がきた。「じゃあねこの絵を描くよ」と昨日のわたしは答えた。




だけど今日のわたしはもう「ねこの絵を描くなんてうんざりだ、どうせ昨日の話だって覚えてないだろう」と思っている。心の底からそう思っている。祖母のことが嫌いでたまらなくなっている。明後日のわたしがもう少し元気になっていたら、そのときは描いてあげたい。祖母が忘れていても。





熱でゆらいでいる線路を見下ろす。吸い込まれそうになる。電車が滑り込んできて、涼しくもない風がシャツの裾を揺らしていく。電車に乗り込むと、空調の冷気が肌を刺すようだ。「今日も線路に飛び込まずに、ちゃんと電車に乗って、仕事に向かうことができた」ことを確認する。まばたきをしただけで涙が出そうになる。夏のアスファルトにこぼした涙はすぐに乾くだろうけど、こんなに冷えた電車の中で涙なんかこぼしたら、いつまでも消えないまま、いろんなひとに踏みつけられてどんどん汚れていくのだろう。





拍手、ありがとうございます。




PR

コメント

プロフィール

HN:
tebasaki700
性別:
非公開

最新記事

P R