■買い物
休日なので祖母と二人で買い物に出た。「どうせ〜だ」という言葉を繰り返している祖母をやんわりとやり過ごしながら仕度をして、二人で出掛ける。外に出るまでは不機嫌極まりなかった祖母だけれど、外に出た途端に上機嫌になった。
買い物に行く途中でも、買い物中も、何度も「お金がない」と祖母は言う。そのたびに「昨日ばーちゃんから預かったお金をわたしが持っているから平気だよ」と答える。数分のうちに四、五回は説明した。いらいらする。
「何度も同じ話をされたとき」どうすべきかということについて、「初めて聞いたような対応をする」「もう聞いたと言ってはいけない」など本に書かれていたりするのだけれど、ほんとうにみんなその通りに出来ているのだろうか? わたしが短気すぎるのだろうか? 3回目くらいで「何度も説明してるでしょう」と言いたくなる。言わないけど。でも、言わずに我慢するのがとてつもなくつらい。
こういう話を誰かにすると「それくらいで」と言われてしまいそうで、口に出来ない。祖母に曖昧に話を合わせながら、心のなかは苛立ちで大変なことになっている。改めて、自分は「やさしくない」人間だなあと自覚する。何人かの人たちに面と向かってそういう風に言われたことがあるけど、その通りだったんだなあと今更思います。
■かたくておいしいパン
買い物を終えて、おいしいパン屋さんで昼ごはんのパンを買い、帰る。祖母はとても機嫌がいい。話をする声もいつもより大きい。帰宅してからパンを食べた。かたいけれどおいしい。パンに挟んであるソーセージも「にく!」という感じがして大変食べ応えがあった。祖母もなんやかや言いながら完食。
■ひとりがすき
風邪気味だったけれどどうしてもひとりになりたくて、「買い物に行ってくる」と言って祖母の家を出た。あいにく雨だったので歩いての移動。お気に入りの音楽を聴きながら、ふらふらと歩く。風邪、やばいなあ。疲れたなあ。ねむたいなあ。そんな雑多な感情のなかに「祖母に早く死んでもらいたい」という気持ちはない。でも、疲れてしまった。何度も同じ話を聞くのも、祖母のちくちくと刺してくるような嫌味も、お金がないと騒ぎ出す祖母の声音やわざと大きく立てる物音も、ぜんぶ。
帰宅する。買い物から帰ったらわたしが味噌汁にするからねと言って「味噌汁」と書いたふせんを貼っておいたかぶが、粕煮にされていた。ふせんはその辺に放り投げられていた。あーーーー、と思う。怒りとか悲しみではなく、遣る瀬無さのような気持ちがわいてくる。かぶくらいで何なのこいつと思われるかもしれないけど、でもなんかもう、今日はむりです。風邪もひどいので寝ます。つかれた。