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小学校か中学校か忘れてしまったけれど、家庭科で「りんごの皮剥き」の試験があった。定められた長さ以上、途切れることなく皮を剥かなければならない。その頃のわたしはりんごの皮剥きが苦手だったので、祖父母の家でたくさん練習をさせてもらった。最初は梨、それから柿、最後にりんご。そんなこと練習する必要あるのか、と言われてしまいそうだけれど、わたしはとても要領が悪いのだ。何をするにもたくさんの練習が必要になる。
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おかげさまで試験は無事にパスした。今現在のわたしはりんご一個分、途切れさせることなく剥くことが出来る。
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この間、祖母に梨と柿を剥いて、食べやすい大きさに切って出した。梨を剥きながら、あの頃のことをふっと思い出したのだった。おそらく祖母はもう覚えていないだろう。「剥いたから一緒に食べようよ」と皿を差し出すと、祖母はじいっと梨と柿を見て「お前はきれいに果物を剥く、すごく器用だ」としみじみ言った。
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わたしは器用なんかじゃない。こういうことが出来るようになったのは、祖父母のおかげでもあるのだ。でもそのことは言わなかった。ただ曖昧に笑った。ほら食べようよ、と言って。
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あらゆることが、あらゆる速さで流れていく。あの日わたしに果物の剥き方を教えてくれた人に、いま、わたしは果物を剥いて差し出す。その変化がいいか悪いかは置いておいて、なんだか少し寂しくなった。