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出がけに祖母と一悶着あって、怒りを態度に表してしまった。知らないよもう勝手にしたら、と言い捨てて、扉をバタン! と力いっぱい閉めてしまった。家を出てすぐに後悔した。何があっても怒らないようにしてきたのに、怒ってしまった。祖母と顔を合わせていたくなくて、いつもより一時間以上早く家を出た。土砂降りの雨越しに玄関で見送る祖母が見えたけれど、「行ってきます」と言えなかった。なんてばかなんだろう。
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「何かあったら言ってね」という言葉をかけられることは、かけられないよりもありがたいしうれしいことだと思う。でも、何かを言ったからといって、何をしてもらえるというのか。言うだけでも気持ちが違う。それもそうだと思うけれど、最近は「言ったところで何も変わらないし、困らせるだけなのでは」と思って、何も言わなくなった。誰にも。
母によく介護のあれこれを話していたのだけれど、母に言っても、自分の親を悪く言われているようで気分が悪いんじゃないだろうか、と考えてしまう(わたしが一緒にくらしている祖母は母方の祖母で、父方の祖父母はわたしが生まれるずっと前に他界している)。
祖母はすぐに忘れてしまうわけだし、わたしが一人でなんとかできればそれでいいのだけれど、どうにもできなくて、ここでつらつら書き連ねている。
自分の気持ちを文字に変換していると、ざわざわしていた心や怒りの感情が少し落ち着く気がする。誰も読んでいないとしても、「もしかしたらこの日記を読む人がいるかも」と思うだけで、ただ書き殴るだけではいけないなと思って、客観的視点を取り戻すことができる。
それにしても、感情を整理したいだけなら、チラシの裏やノートにでも書けばいいのに、なぜわたしはブログでこんなことを書いているのだろう?
たぶん、誰かに、わたしがひとりで祖母と向き合っている事実を知ってもらいたいのだ。
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仕事も忙しく、体調も悪い。祖母の怒った目を思い出すと、もう家に帰りたくなくなる。何をどう考えても答えのない問いばかりだ。一番の解決は「祖母が死ぬこと」で、そんなことを望んでいるのかと言われると、望んでいない! とはっきり言えない自分がいて、だめな孫だ、最低だ、と思う。でもつらいのだ、どうしようもなく。いつ終わるかわからない日々が。もしかしたら明日終わるかもしれないし、十年後になるかもしれない。終わりの見えない日々がほんとうにほんとうにつらい。
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次の休みに祖母と出かける約束をしているけれど、なんだかもうぜんぶどうでもいい、知らん、みたいな気持ちになりかけていて、ふて寝でもしたい気分です。
祖母のことが大好きだった気持ちをもう時々しか思い出せなくなってしまった。
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拍手下さった方、ありがとう。