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朝、祖母と約束をした。
帰宅したら一緒に買い物に行こうね、という約束だ。祖母はきっと忘れているだろうなと思ったけれど、今日は残業をせずに定時で退社した。帰宅すると、見覚えのないお菓子が置いてある。「誰かきた?」と訊くと、「誰もきてない」との答え。ふうん、と思ったけれど深く考えるのも疲れるので、二人で出掛けた。
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祖母の家からスーパーまでは結構距離があるけれど、わたしも祖母も歩くのがすきなので、二人で話しながらゆっくりと歩いて行く。日が沈んだあとは風が吹いてだいぶ涼しい。海の方角の夕焼けがきれいで、二人であれこれ騒ぎながらスーパーへ向かった。こんなに穏やかな気持ちで祖母といられるのは久しぶりだった。
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買い物を終えて、わたしのリュックに買ったものを詰め込んで歩き出す。花火の音が聞こえて、今日が花火大会だったことを思い出した。もう何年もあの花火は見ていないなあとわたしが言うと、祖母も頷いた。音だけ聞いていると悲しくなるとつぶやいたら、祖母がにこにこして言った。「見に行けばいい」
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二人でずいぶんと歩いて、少し欠けた花火を見た。わたしは何故だか涙が出てきて、祖母に見つからないようにそっとそれを拭いた。しばらく花火を見た後で、家に向かう。かなり遠くまで来てしまっていて、二人でのろのろと歩いて帰った。「こんな大冒険は久しぶりで楽しいな」と笑う祖母を見て、ほんとうに、ほんとうに、この人を嫌いになんてなりたくないのだ、と思う。
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帰宅してから素麺を二人で食べた。麦酒でも飲んだらどうかと言う祖母の言葉に甘えてわたしのビールグラスを探したが、どこにもない。
このグラスはよく行方不明になる。グラスが勝手にどこかへ隠れるわけがない。祖母はいつもこのグラスをどこかに仕舞い込んでしまう。散々探した翌日にテーブルの上に置かれていることもあって、「どこにあったの!?」と訊いたら「ずっとそこにあった」とそっぽを向かれたこともある。
とにかく今日はこのグラスが見つからず、お行儀が悪いけれどそのまま口をつけて飲んだ。やっぱり、グラスで飲んだ方がずっとおいしい。
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見覚えのないお菓子は母が買ってきたもので、今日は母が祖母をお墓参りに連れて行って、買い物にも行ったとのことだった。祖母はそのことを全く覚えていなかった。でも、母が「ばあちゃんが今日はあんたと買い物に行くって言ってたよ」と言うのを聞いてびっくりした。わたしとの約束をおぼえていてくれたのだ。
今日一緒に花火を見たことも、そのあとたくさん歩いたことも、わたしのグラスをどこかに仕舞ったことも、祖母は忘れてしまうのだろうか。でも、わたしは覚えている。いいとか悪いとかではなく、たぶんずっと覚え続けると思う。
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拍手下さった方々、ありがとうございます。