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からあげはあたため直さなくていいよ(ふにゃふにゃになるから)

アルツハイマー型認知症の祖母の介護を終えて、一人暮らしをはじめた人の日記

燃え殻


祖母は、アルツハイマー型認知症、リウマチ、間質性肺炎を患っている。時々「私はどこも悪くないし、普段飲んでいる薬なんてひとつもない」なんて言うけれど、どっさりと処方された薬の山が、祖母の背後にある。いつも。





このあいだの検査で、間質性肺炎が更に悪化していることがわかった。検査をしなくても毎日一緒にいる自分にはわかる。祖母の咳はどんどんとひどくなっている。薬は今までの十倍に増えた。薬を「管理」されることを祖母はひどく嫌がる。だからわたしがするのは「サポート」程度のことだ。それは他の家族も理解してくれている。間質性肺炎は回復することはない。どんどんと祖母の肺は硬くなっていく。





以前の日記に、お弁当は無理をしない範囲で作っている、と書いたと思う。今は、無理をしてでも作っている。たまにお休みすることもあるけれど。祖母はお弁当がないと平気で食事を抜いたり、パン一枚しか食べなかったりする。その気持ちはよくわかる。わたしだって、食事が面倒なことなんてたくさんあるから。どのみち、お弁当は祖母のためだけに作るわけではないから、少しくらい無理をしてでも作ることにしている。状況は刻一刻と変わっていくのだ。良くも悪くも。





祖母の言動や行動に苛々してしまうとき、深呼吸をして考える。祖母の病気について。病気の祖母を可哀想と思うのではなくて、病気によって変わってしまった彼女の世界について考える。トイレ、寝室、居間。それぞれにカレンダーが置いてあり、祖母の字が書き込まれている。病院に行く日、デイケアに行く日。一日の終わりに日付にバツが書き込まれる。「今日は何日なのか」「明日は何か予定があったか」それがわからなくなるのはこわいことだと思う。だから祖母は「わからなくなっても、それを見れば思い出すように」あちこちに書き込んでいるんだと思う。もちろんわたしは祖母自身ではないから、本当のところはわからない。でも、想像することを忘れてはいけないなといつも思う。




祖母はわたしを困らせるために、嫌な気分にさせるために言っているわけではないのだ。病気によって変わった世界に戸惑っているだけなんだ。そう考えると苛々の棘は少し引っ込む。少しだけだけど。






祖母が寝たあと、洗い物をして、祖母がその辺に放ったままのゴミや、飲みかけの飲み物を静かに片付ける。明日のお弁当を用意して、お弁当の内容を書いたメモを貼り、冷蔵庫へ入れる。おやすみなさい、また明日。それから台所の換気扇の下で一本だけ煙草を吸う。寒くて手はかじかむし、最近は煙草を吸うとものすごく気持ち悪くなってしまう。きっとこんなものは摂取するべきではない。わかっているのに、自分の中のいろんな感情がうまく整理できなくて、煙を肺に入れてしまう。






灰皿の中の燃え殻のにおいにまた吐き気がする。飲み込んだ水の温度が、自分の内側でありありと感じられる。つかれたなあと声に出してみた。自分のひどく頼りない声は、換気扇にするりと吸い込まれてどこかに消えてしまう。






拍手下さった方々、ありがとうございます。
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