■デイケア
はじめてのデイケアで祖母はピリピリしていた。
もともと社交的な人ではないし、そもそも自分が祖母の立場だったら同じようになっただろう。知らない場所で知らない人たちと一緒に何かをするなんて億劫だ。
でもわたしも生きている人間なので、当たられれば悲しくなるし、同じ話を何度も聞かされればうんざりするし、ひどい言いようをされれば腹が立ってしまう。
デイケアに行く祖母を見送って(なんというか、吐き捨てるように「ちゃんと鍵をしめていけよ」なんて言う祖母を初めて見たので悲しかった)、仕事に向かう。この時点でわたしの心は折れそうだった。母に連絡をして、仕事終わりに実家に帰ることにした。デイケアがどんなだったかとか、そういう話を祖母から聞きたい気持ちもあったけれど、でも、無理だ、という気持ちの方が大きくなっていた。
デイケアに関しては母も見学に行き、その後帰ってきた祖母と話をしたらしい。わたしの方は仕事でのトラブルを解決して、いつもより遅い時間に、駅から実家まで40分近く歩いて帰った。途中で桜並木を写真におさめたり、麦酒を買ったり、はあ、つらい、とひとりごとを言ったりしながら。
■感情について
頭ではわかっている。祖母が最近攻撃的なのは、新しいことをするのに不安だからだ。それに、薬の分量が増えたから。それはわかっている。祖母が何度も同じ話をするのも、わたしが「わたしが料理をするから触らないでおいて」とお願いしていた鮭とあさりが、15分後に焼き鮭とあさりの味噌汁になってしまっているのも、病気がそうさせている。祖母が意地悪をして、わたしにアクアパッツァを作らせないためにしているわけではない。
「だから」、怒ってはいけないのだ。そう思うけれど、「でも」の気持ちがまさってしまう。とことん言い負かしたいわけじゃない。絶望させたいわけじゃない。わたしは、祖母に楽しく過ごしていてもらいたい。それなのに、出来ない。頭で理解できても、感情が追いつかない。
そんなときは距離を置くに限る。
アクアパッツァ事件(今でこそ笑って話せるけれど、当時はもうどうしようもなく疲れたし「なんで?」という怒りの気持ちでぜんぜんだめでした)のときは違う部屋でひとりで深呼吸をした。今日は実家に帰った。物理的に距離を置くと、置いてけぼりになっていた感情がついてくる。大丈夫、と思う。怒りの感情を持つことそれ自体は悪くないはずだ。その感情をどう処理するのか、それが重要なのではないだろうか。
■なんて言っても
ああつらいつらい! 麦酒のも! え? 〆さばがあるの? じゃあもらお! という感じで麦酒を飲んだら落ち着きました。明日は部屋の片付けをしたあと、お花見でもしちゃおうかしら。ひとりで。
■拍手
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