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この間、幽霊みたいなものを見たよ。
と母が言った。
先日、母が祖母宅に泊まったときのこと。朝起きると、襖をそっと閉める手が見えた。緑色のフリースを着て、ひとつかふたつ、袖を折っている。「ばあちゃんかなって思った、ていうかばあちゃんしかいないじゃん。だからばあちゃんの部屋に行ったのね」祖母はベッドの上で座ってテレビを見ていた。着ているのは格子柄のパジャマ。緑色のフリースは冬物だからクローゼットの奥に仕舞われている。「見間違いだろうけど、すーって襖を閉める動きとか、なんだか現実味がなくて、ちょっとこわかった」と母が言った。その襖の方に目をやると、少しだけ隙間があいている。きっと、ねこがあけたのだろう。
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祖母が寝静まった頃、お米を研いで炊飯器のスイッチを入れる。ごはんが炊き上がるまでに他の家事を静かに済ませてしまう。ごはんが炊き上がったら、お茶碗によそってサランラップをして、日付を書く。だいたい一合分をいくつかの茶碗に小分けにする。炊飯器には「冷蔵庫にごはんがあるので炊かなくていいよ」と書いた紙を貼る。
いつだったか、祖母がたくさんごはんを炊くのでそれを捨てていて、心苦しいと書いた。ごはんを捨てるのは嫌だったから、少し大変だけれどこの方法をとっている。今はもうごはんを捨てることはないけれど、祖母の「できること」をまたひとつ自分が奪ってしまったのではないか、とときどき考える。家事の効率と、「ごはんを無駄にしたくない」気持ちと、介護のなかで「本人ができることは本人にしてもらう」ということと、どれを大切にしたらいいのだろう。
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弟が申し込んでくれたライブのチケットが当たったので、秋には弟と二人で東京に行きます。それまでは何が何でも生きるつもりです。
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幽霊はこわい。
でもこわい話を読むのがすきだ。
こわい話を読んでいる最中はものすごく楽しい。読み終わった後が本番なのだ。お風呂で髪を洗っているときに、考えてしまう。目を瞑った今この瞬間、となりに何かがいたら? うしろに誰かがいたら? お手洗いに行くときはねこを連れていく。ねこに話しかけると、ねこは「わたしは眠いんですけど、あなたが困っているならまあ仕方ありませんね」という顔をしてこちらを見る。
先日母が幽霊みたいなものを見た場所は、いつもわたしが座っているすぐ後ろなのだ。祖母が一緒にいるときは何も思わない。思い出しもしない。祖母が寝たあとから、こわい時間が始まってしまう。でも、好奇心もあるのだ。少し襖を開けていたら、また幽霊みたいなものが出てきて、閉めようとするんじゃないか(そもそも、襖を閉めようとしていたのはどうしてなのだろう)。どんなふうに見えるんだろう。どんな手をしているんだろう。祖母の緑色のフリースはわたしもよく知っているものだけれど、「それ」が着ているのはあのフリースなんだろうか。
こわいのに、いつも少しだけ襖の隙間をあけている。こわいのに、わたしは「それ」を待っている。
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たくさんの拍手ありがとうございました。
熱中症になったりもしたけれど、まあそこそこな感じで生きてます。